「またいつでも来てくださいねー」




のほほんとした喜助の声を背に、浦原商店を後にした、ひよ里と真子。

人通りもほとんどない、暗い夜道。

薄暗い街灯が、自分たちの住処へと続く道を申し訳ない程度に照らしている中、無言で突き進む。

クッキーの入った袋は大事そうに抱えるも、脚と背中で最大限の怒りを表しながら、ズンズンと真子無視して歩いていた。

未だ怒りの収まらないひよ里に、真子は少々ムッとしたようで、「まだ怒ってんのかいなー」と難儀そうにそう言いつつも、語尾に刺々しいものがあった。

その真子の言葉に、ピタリと歩みを止める。

「居てるんなら、なんですぐ出てけぇへんかたんや」

振り向きもせずに、その場で俯いたままで言った。

「喜助と二人で結託して、面白がっててんやろが」

腹が立っているのもあったが、今はそれよりも穴があったら入りたい程にこの場に居る事さえもが嫌だった。

真子達の事を勝手に心配して喚いてた自分を見られていたと思うと、ひよ里は顔から火が出るほど恥ずかしすぎて、情けなさ過ぎて、涙が出てきそうだった。

実際もう、目じりに涙がたまっていた。すぐに涙目になってしまう自分にも嫌気がさす。

しかも、クッキーは内緒で作って驚かしてやる算段だったのに。

「さっきから何べんも言うとるやろが。別に喜助と結託してたわけやないし。たまたま喜助んとこ居ったら、お前が来たんや」

しつこいなと言わんばかりの口調の真子の言葉にフンと肩を更に怒らせる。

「ウチの方があそこ出たん早かったやろが」

「お前はどこぞによってたやろ」

ため息交じりで真子が言うと、ひよ里は背を向けたまま、ちっと舌打ちした。

「・・・ほんなら、ウチが喜助んとこ来たんわかってんやったら、さらっと出てくればエエだけの話やろが」

「タイミングを逃してもーてん   

「なんやねん、タイミングて。陰でこそこそ隠れよって、お前それでもちゃぁぁんと男の印がついてんのか」

「ア、アホ!女のくせに男の印とかいうな!ボケ!」

ひよ里の破廉恥な言い回しに思わず動揺する男に

「ボケちゃうわ!ハゲ!」

更に暴言を吐き、止めてた歩みを踏み出そうとした瞬間に、ひよ里は左腕を掴まれた。

「な、なんやねん。放せや」

腕を振って真子の手から逃れようとするも、もがけば力を込められ振りほどけない。

「お前かて、悪いねんで?」

「はぁ!?」

意味がわからない。

腕を掴まれた揚句に、理解しがたい台詞に、思わず素っ頓狂な声を上げ、自分が涙目になっているのを忘れて振替り、真子を睨みあげた。

「喜助とイチャコライチャコラしてたやないか」

ぶっすぅぅと不貞腐れた真子がそこにいた。

「はぁぁぁぁ?なんでやねん」

どう考えても、アレとイチャコラしてへんやろ!何をコイツは言うてんねん。

「せやかて、顔を赤うして、・・・なんやその、エエ感じの雰囲気やったやないか」

喜助の言葉に顔を赤く染めたり。

二人で並んで、クッキー作ったり。

あまつさえ、喜助にクッキーを食べさせてやったり。

自分の知らないひよ里を垣間見た気がして、寂しくて、悲しくて、切なくて。

「・・・・なんや。ただの焼きもちか」

真子の乙男な発言に、すっかり毒気を抜かれてしまったひよ里は呆れた風に言った。

「餅なんか焼いてへん」

自分で言ってて恥ずかしくなったのだろう、気まり悪そうに顔を赤くしてくだらない事を言う。

「アホ、おもんないねん。誰が餅を焼く話をしてん。嫉妬や。ジャラシーの話や」

やれやれと、肩をすくめる。

「やってな。お前、警戒心なさすぎんねん」

「何が?」

「あそこで、お前、俺が止めに行かんかったら、チューしてたやろが」

真子は真剣に言った。とても、とても真剣に言った。

「・・・・・・お前の頭ン中はお花畑か」

これが世に言う恋愛脳というやつか・・・。

ひよ里はがっくりと肩を落とした。

まったく、こういう事はこちらから言わなくてもサラサラと言葉にする。

「喜助は、まず出来ん」
あのまるでキスでもするかのような素振りは隠れていた真子へのからかい半分の当てつけであったのだろう。
下駄帽子の考えそうなことである。
仮に、もしキスでもしてこようものなら、ひよ里からの鉄拳制裁が待っている。
それに・・・。

「なんで言いきれるんや」

ムッとした感じに問い返す真子に、「お前気づいてへんのか?」とまたしても呆れつつ、周りに誰もいないか確認して(もとから居ないのだが)、真子に屈めと命令をし、

「四楓院家の姫さんと恋仲やぞ、喜助は」

ひそひそと真子に耳打ちした。

「よその女に手でも出してみぃ、元とは言え隊長格で隠密起動の長だったお人や。そら恐ろしい事になるやろが」

そこまで聞かされ、

「そうやったんか・・・気ぃつけへんかったわ」

なんやねん、それ。めっちゃ素敵やん・・・。

真子は思わずニヤニヤする口元を押さえ、関心気につぶやいた。

単純である。

「鈍いのう、真子。もう、100年以上も前からの仲やで?」

「こっちからやのうて?」

「ハゲか。だいたい考えてみ?あのお姫さんは虚化も罪を着せられる事もされてへんのにただの仲間の為に一身投げうってこっちにこれるか?あのお人の背負うてるもん考えればわかるやろ?普通は出来ん。冷静に判断すればよう出来んことや」

先生が生徒に諭すようにひよ里は言う。

コクコクと頷く真子。

「それをするっちゅーことはやなー、わかるな、真子」

さらにコクコクコクと、頷いた。

「しかし、お前がこういうことに鋭いとは思ってへんかったわ」

尊敬の眼差しでひよ里をみる真子に、気を良くしたのか、饒舌に語り始める。

「真子が鈍すぎんねん。まぁ、あの二人も分らんように逢瀬を重ねとったさかいな。分らんでも無理はない、うん」

彼女にしては妙に艶っぽい言い回しをするので、ゴクリと生唾を飲んだ。

「詳しいな、ひよ里」

「そら、そうや。同じ隊に居ってんもん。他の隊士が気いついてたかは、分らへんけどな」

ちょっと得意そうに言う。

「ほんで?」

「ほんで?あぁ、ほんでな、姫さんが来る日は、隊主室がいつもよりもちょっと綺麗になるねん」

知らぬうちに、二人はブロック塀に背中を預け、その場に並んで座り込みながら先ほどまで怒って言い合っていた事を忘れて話し込む。

「喜助も、心なしかほわほわ―っとしてな。いや、毎日あのアホは、ほわほわやってんけどな。更にほわほわしてんねん」

懐かしいな・・・。

ふっと少しだけ頬を緩ませた。

ほよ里の表情が、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ切なげな色を見せる。

少し淋しそうに当時に思いを馳せるような。それも、すぐに消えたけれど、その揺らぎを真子は見逃さない。

顔色を変えずにそのまま相槌を打った。

「そんなやったんかい」

「そーや。まぁ、うちも初めの頃は分らへんかってんけど。で、ある日、夜中に隊主室を通りかかる機会があってな」

「ほうほう」

「そん時に声が聞こえてきたんや、二人の」

「どんな?」

「そんなん、ウチの口からはよう言われへんわぁぁ。やらしいもん!」

思わず顔を赤くして、あわわわわと手を振ると、その手をパシっと取られ、

「お前の初恋、喜助やろ」

「へぇ!!??」

息のかかるほどの至近距離。

瞳に真剣さを宿した真子に言われた。

思わぬ問いに心臓が飛び跳ね。声が上ずった声を上げてしまうひよ里。

「なんで!ウチが!喜助を!わけ、わからん!!!」

動揺しまくっているので、まず間違いないのであろう、真子は、はぁぁとうなだれた。

薄々、そうなのだろうと昔から思っていたので、それは、それでいいのだが、ちょっぴり心が痛むのだ。

男心も複雑である。

「・・・お前、いつやったかオレんとこの隊舎の屋根の上で泣きべそ掻いてた時があったやろが」

真子に掴まれた腕が急に放され自由になり、そのまま頭に持っていきポリポリと掻いた。

「そ・・・そんなんあったか?」

ウチ、覚えてへんなぁ〜と白々しく言っているが声が震えているので、しっかりと覚えていると思われた。

いや、実はヘコんだ時はよくそこの屋根で朝日が昇るまで泣いてた事なんてしょっちゅうなので、心当たりがあり過ぎてわからない。

あそこは、ひよ里の一番の特等席だった。

そんなことは露の程も知らない真子は思わず冷めた目で見てしまう。

「あった。鼻水ダラダラ流しよって、汚い面やった」

そう言いながらどこか遠くを見つめる。

「アレは、それが原因やったんか」

またしても、はぁぁと盛大にため息をついた。

気まずい気持ちになったので、話しの話題を変えようと顔を引き攣らせておどけた調子で「あ、あん時にくれたまんじゅうは旨かったで?」と言えば、気落ちしているはずの真子に、「当たり前や!あのまんじゅうは朝からならんで買った人気のまんじゅうやってん」と、今更ながらに怒られた。

そんなん知らんがな!

思わずむっとするひよ里をよそに、真子は腹立だしそうに身もだえながらさらに喋る。

「しかも、ようやっと手に入れたもんを、市丸と藍染がしれーっ食いよってからにな。『隊長のお気遣い、痛み入ります。大変おいしく頂きました』とか笑っていけしゃあしゃあと抜かしてなぁ、腹立つわぁぁぁぁぁ!!!」

アイツ絶対いわしたんねん!!!ケツん中、斬魄刀突っ込んだってグリグリさせたんねん!!

―アカン、真子・・・、藍染がそっちの道に目覚めたらどないすんねん・・・。

そうなったら一番に狙われそうなのはお前やでと、つい痛々しい眼差しで真子を見てしまうのだった。

鼻息荒く、一通り恨みつらみを吐いた後、真子はひよ里の方に向き直り、その勢いのまま

「ほんでその最後の一個やってんぞ!楽しみにしてたんや。それを、お前にくれてやったんや!感謝せい!」

捲くし立てる様に喋る真子にあっけにとられた。

「食いもんの恨みはほんまに恐ろしいなぁ・・・」と、心底思った。

未だにブツブツと言っている真子をみて、面倒くさげに夜空を見上げる。

そこには、街の明かりでそこまで星が見えないけれど、それでもキラキラとそこにあった。

―――ああ、そうや。

ひよ里は思い立ったかのように、赤い紙袋の中をガサガサとまさぐり、クッキーを一枚取り出して、

「あん時のおまんじゅうの代わりっちゅーわけやないけど、コレ」

ずいっと真子の目の前に星型のクッキーを突き出す。

「・・・・・・」

そのクッキーを複雑そうな顔で少し見た真子は、口をパカッと開けた。

「なんや、それ」

真子が何を言わんとしてるかは、分りやす過ぎるぐらい分ったのだが、あえて聞いてみる。

顔がすごく引き攣った。

「みたら分るやろ、食わせろちゅーこっちゃ」

「!!」

やっぱり!

悪びれもせず、さも当たり前だろうと言わんばかりの男の態度に身体がカッとなる。

喜助にしてやった事の当て擦りなんだろう、しかもひよ里が絶対に恥ずかしがって嫌がるのを分ったうえでこういう事をしてくるので性質が悪い。

「ハゲか!自分で手に取って食え!」

プイと真っ赤になった顔をそむけて、叫ぶように真子言う。

「喜助には食べさせたったのに?」

「あ!あんなんは食わせたったうちに入らんわ!あっちあちのを、突っ込んだったんやから、喜助かて味なんぞ分ってへんわ!」

「でも、口の中にひよ里が入れよったやろが」

「・・・・・・」

寂しげに言うので思わず横目で真子伺うと、子犬のような目をするものだから、何も言えなくなる。

「食べさせて」

低い声で言われ、胸がざわざわと、ざわつく。

耳まで熱くなるのがわかった。

顔を逸らせたまま恥ずかしさでぎゅっと目を閉じた。

クッキーをもったその手は震えて、逆らえないのがゆっくりと真子の口に近付ける。

口まで運ばれたクッキーと真っ赤な顔をして恥ずかしがるひよ里を見比べて「おおきに」と嬉しそうにいうと、あんぐりと口を開けてぱくっとクッキーを頬張った。

サクサクとクッキーをかみ砕く軽い音が聞こえ、「旨いか?」と伺う様に聞くと、「まぁまぁ」と返された。

「まぁまぁってなんやねん」

ぼそりと呟いて、体育座りのように立てた膝におでこをコンコンとぶつける。

恥ずかしすぎて顔もあげられない。

「お前、まだ食うてへんのかいな?」

「食うてない」

「なんや、俺、毒見させられたんかいな」

えーっと非難をするような言い方をされたので、思わず顔を上げて抗議の意を唱えた。

「毒見って失礼やな!なんも変なもん入れてへんわ」

「ほしたら、味見する?」

男の瞳が妖しく光る。

「はぁ?どうやって―――――――――ッ」

言い終わる前に、唇を塞がれた。

吃驚して身体を強張らせたが、すぐにやめろと手足をバタつかせた。

真子はその抵抗も無意味と言わんばかりに、両手をひよ里の背中と頭に廻し、しっかりと抱きよせ、深く口づける。


―――――――甘い・・・。


無理にこじ開けられた口内に先ほど食べたクッキーのほんのりと甘い味が広がる。

見開いていた目からは力が抜け、流れに任せるかのようにゆっくりと瞼が閉じていく。

それでも抵抗の意思を示していた身体も、八重歯の裏側を舌先でなぞられれば、大人しくなった。

思考を奪い取られるような強引で甘い口付けは、角度を変えて更に深くなる。

「・・・・・・ふっ・・・ぅ・・・・」

自分が出したとは思えないほど、艶のある甘い吐息が漏れ、羞恥を煽られた。

足りないと言わんばかりに貪る様な口付けにだんだん呼吸が上手く出来なくなる。

息苦しさを真子の胸を軽くたたいて訴えれると、名残惜しげに下唇を甘噛みれて、やっと放してもらえた。

はぁはぁと、お互いに肩で息をしながら、こつんとおでこをくっつけた。

鼻先にある真子の切なげな瞳に胸が締め付けられた。

自らの心臓の音がやけに煩く聞こえる。

なんで、そんな顔をするの・・・、何も言えなくなってしまう。

ようやく息が整い始めた頃、真子がポツリ言った。


「ごめんな、ひよ里」


一瞬、身体がびくついた。。

何を言っているのだろう?言葉の意味がすぐに理解できない。

さっきの口づけの事か、それとも喜助の事か。

「・・・そんなん、別に」

謝られるほど、もう怒っていないのに。

「違う。そうやのうて・・・」

少しだけ、言い難そうにしてから、頭を、大きな体に抱かれた。

それはたぶん、ひよ里の目をみてしまうと、思った事が上手く口にできないから、誤魔化すために。

「・・・結局、甘えてんやろな。お前に」

独り言を言う様につぶやく真子。

「俺も、みんなも・・・」

そこまで言われて何が言いたいのかを理解した。

「嫌な事に蓋して、見ん様にしてるだけなんやろな」

「何をいうてん―――――」

そう言いかけるときつく抱きしめられた。

「お前は、いっつも素直やない癖に、そういうんはストレートに出しよる」

耳のすぐ上で静かに喋る真子の声は、

「俺らの分まで」

なんだか震えている気がした。


―――やめて、やめて。聞きたくない。


「せやから、俺ら、いつもと変わらん様にしておれるんや、・・・たぶん」


どうして、そんなことを・・・。

「ひよ里が居てくれるから、俺らがちゃんと居れるんや」


・・・今、言うの―――――――――。


喉の奥が、ぎゅうっと苦しくなって、熱いものがこみ上げてくる。

泣きたくなんかないのに。

絶対に、泣きたくないのに。

辛いのは自分だけじゃない。

悲しいのは、寂しいのは、苦しいのは。

過ぎた日に、想いを馳せてしまうのは、自分だけじゃない。

優しくて、そして自分に厳しい人たちだから。

みんな言わないだけで、絶対にそうだから。

だから、絶対に涙を流さない。

もうずっと昔に、遠い昔に自分自身で決めた約束事。

「・・・ウチは、いつも、いつも・・・」

だけど、そんな風に言われたら。

どうしていいか、わからなくなるじゃないか。

「みんなに、助け・・・て、もらう、ばっかりで・・・」

守ってもらうばかりで、何も、出来なくて。

「そんなこと、・・無いやろが!」

怒ったような真子の声。抱かれた腕に力が込められる。

「俺は、お前に救われてんねん」

少なくとも、俺は。

「そんなっ・・・、言うなやぁぁ」

振り絞って出した自分の声は涙声で、ひどく情けないものだった。

歯を食いしばって、目をつぶって必死に堪えても、こみ上げてきた涙は、関を切ったようにあふれ出す。

声だけはせめて我慢しようと必死で堪えるけれど、嗚咽がもえる。

伝えたい想いは沢山あるのに、言葉にすることも、叶わない。

ぼたぼたと止めどなく溢れる涙。

まるで子どもの様な泣き方をする自分が、悔しい。

「アホ、泣くな」そう言う真子の声は、苦しげに掠れていて、まるで泣いているように聞こえたから、



結局、我慢できなくなって声を上げて泣いてしまった。




どれくらい泣いたのかは、わからない。

かなり長く泣いたんだろうという事だけはわかった。

その間、真子はずっとひよ里を優しく抱いて背中をやさしく撫でていた。

泣きやむまで、ずっと。

こんな風に泣いたのは何時ぶりだろうか。

もう、ずっとずっと昔の事だと思う。

たしかその時も、隣にいたのは真子だった。

泣いている時は何時だって、

どんな時だって、アイツが傍にいるんだ。



「イケるか?」

やっと落ち着いてきたひよ里にそう話しかけると、胸の中に居るいつもよりもなんだか小さな彼女は何も言わずに頷いた。

ツインテールの金髪の頭を優しく撫でてやると、顔を胸にうずめたまま、「頭、触んな」と、恥ずかしそうに涙声で言うので、焦がれるような甘いく切ない思いが真子の胸を締め付けた。

あぁ、きっとこういう気持ちを愛おしいと言うんやろなと、頭の片隅で考えた。

お日様のような彼女の髪に、そっと口づける。

抱きしめたまま、口づけた頭の上に軽く頬をくっつける。

ひよ里を抱きしめると、心がとても落ち着いた。

心地よい。だからだろうか。

「今日、ちょぉ、ヘコんだ」

自然と言葉にする事が出来た。

「自分で判断したんが、ひょっとして間違うてたんやないかって、他の方法は無かったんやろかって、な」

腕の中のひよ里がピクリと動いた。

「後悔と自己嫌悪の繰り返しや」

こんな事を言うと、またこの子を泣かせてしまうなと真子はそう思いつつ、はぁーと、息を吐いた。

「情けないのォ、俺。とんだヘタレやわ」

自嘲気味に言った。

すると、ずっと胸に顔をうずめていたひよ里が、がばっと涙でぐちゃぐちゃの顔を上げ、

「そうや!お前はヘタレや。お前だけヘタレや!ドヘタレや。ほんでアホや!ハゲや!」

としゃくり上げながら罵る。

泣きながらも、いつも通りに憎まれ口を叩こうとする彼女はとても意地らしくて可愛いい。

真子の頬が緩んだ。

「そうやな。ヘタレで、アホや。ハゲてへんけどな」

あーあー、汚い面しよってからに、苦笑しながら、ひよ里の涙を手でぬぐってやり、ちり紙を取り出して、鼻もとってやった。

涙で濡れた、そばかすの乗った柔らかい頬をフニフニと両手でつかみ、目を少しだけ細める。

「ほんでも、ぎょーさん後悔しても、みんなや、・・・お前が居てるから、ちゃんと前を向いて歩けれるんや」

穏やかな口調で言った。

せっかく綺麗にしてやった顔は、ひよ里のつり目がちな大きな瞳から零れる涙が次から次へと溢れて止まらない。

「あー、もう、泣き虫やなぁ、ひよ里は」

どうしていいか分らなくなって、ポリポリと自分の頭を掻いてから、ひよ里の頭をもう一度抱いて、背中をさすった。

「俺、もう、平気やし」

な?せやから泣かんでや、ひよ里。

「お前に泣かれんのが、俺、いっちゃん堪えんねやけど」
困ったように笑う。

「せやけ・・・ど、仕方ない、やろ」

ぎゅうっと、真子を抱きしめ、

「嬉しかったんや」

真子の胸に自分の顔を押し付ける。

それから、ほんの少しだけ間を開けて、噛みしめるように想いを告げる。

「少しでも、本音言うてくれて・・・、嬉しかった」

「・・・アホ」

お返しという様に、真子はひよ里を抱きしめた。

「ありがとうな、ひよ里」

頭の上でつぶやいた、その言葉は、まっすぐにひよ里の心の中に落ちて、広がった。

また、溢れだす、気持ち。

「・・ずっこいねん、お前・・・」

泣きながら、真子の胸の中で消えるようにつぶやく。

優しい涙が沢山零れて、心の中を満たしていった。




それから、またしばらく泣いて。

やっと、泣きやんで、真子の眼をみれば、なんだか少しだけ赤かった。

泣いたのかと聞いたら、それは男のプライドの問題らしく教えてはくれなかった。

かわりに、泣きはらした顔をみられて笑われたけど、それほど嫌ではなかった。(ローキックはかましてやったけど)

二人で、夜空の星をしばらく見て。

無言でずっと眺めて。

そうしてたら、肌寒さのせいか、クシュンと真子がくしゃみをしたから。

もう帰ろうと、二人で手をつないで、仲間の待つ場所へとゆっくりと、歩いた。

見上げた星を想い、心をこめて作った星型のクッキー。

それが入った袋を大事に抱えて。





――なぁ、ひよ里。

――なんやねん?

――なして、星型のクッキーなんや?

――・・・。なんとなく、や。星は優しいから。

――優しい?

――そうや。お日さまは強く光るし、お月さんは見透かしたように冷たいやろ?

――そう・・・か?

――そうや。でも、お星さんは、沢山あって、キラキラ優しーに光ってん。

――ふうん。ようわからへん。

――分らんでエエ。ウチもなんとなくそう思うだけやし。

――そうか。

――・・・なァ、真子。

――なんや?

――喜んでくれるやろか?みんな、クッキー。

――当たり前やろ。白と拳西あたりが取り合いしよるわ。

――なァ、真子。

――なんや?

――今度、お星さんがぎょーさん見えるとこ、二人で行かへん?

――それ、ええな。絶対行こな。

――なァ、真子。

――・・・なんやねんな。さっきから。

――・・・・・・・・・・。

――・・・ひよ里?

――・・・・・・好き・・・ゃ・・・。

――・・・・・アホ。

――・・・・・・。

――そんなん、せんから分っとるわ。





<<終わり>>



  おまけ