それは突然だった。
いつだって貴方の傍に
目の覚めないひよ里のお見舞いにとリサと二人で四番隊の隊舎へ来ていたところを拳西に呼びとめられ、そのままその隊の中庭にある池が望める縁側廊下で二人並んで話をしていた。 その縁側廊下を奥に進めば、ひよ里が眠っている部屋がある。 あの戦いの後も、身体の組織こそ回復したものの目を覚ます事のないひよ里は尸魂界に運ばれ、現在は四番隊舎預かりになっていた。 それと同時に白らも一度尸魂界に戻っていたのだった。 あいた時間を見つけては、あの子の元に仲間が見舞いに訪れるという毎日を送っていた。あの子の元に一番長くいるのは、言わずもがな、あの男であるが。
拳西達は、朝から一番隊舎に呼ばれてたから、何かあるだろうと思っていたのだ。 現在の護艇十三隊の状況を考えても、即戦力になりそうな人材が欲しいのは山々なんだろう。 それが、例え自分たちが切り捨てた者たちだったとしても。それほどに余裕のない、不安定な状態なんだろうというのは、白にもよくわかっていた。
少し面食らった様子の拳西を見て、白はぷくっと頬を膨らませる。 これでも、白は結構、それなりに驚いているんだけど。っていうか、訊いてないんだけど。 そんな大事な話、どうして白にしないで決めちゃうんだろう。拳西ってば! どうするって、そんなこと、訊かなきゃわかんないのかな?言わなきゃ分かんないのかな? 「・・・いつの頃の話をしてんだよ」 「副隊長は、隊長の傍にいなきゃなんないんですぅ。忘れたの?拳西。ばっかじゃないの?」 「いや、もう、お前、あそこの副隊長じゃねぇし」 「副隊長だもん」 「今、九番隊別に副隊長いるから、なぁ。無理じゃねぇか?そこに戻るのは」 「でもでもでも!拳西は、白の隊長なんだよ!」 それだけは、絶対に譲らない。今も、昔も、拳西は、白の隊長で、白は拳西の副隊長で。
義骸を脱ぎ、死神の頃の衣装に戻った白はあの黒い布を握りしめる。 「此処に居ること自体には何とも思わねぇのか?」 拳西はため息交じりに言った。 「尸魂界に決まってんだろうが、莫迦かお前は」 お前どうする?の意味はどうやら此処に居るか?居ないか?というものだったらしい。
「ど、どうでもいいって・・・」 「だって、どうでもいいもん」 「ちゃんと、よく考えろよ」 「そんなの、決まりきってるもん」 拳西がいない尸魂界には居たくないし、拳西のいない現世にも居たくない。拳西の居る所ならどこだって一緒に居たい。 わかってるよ。莫迦だって。独り善がりだって、わかってる、
「あぁ?」 どこか余裕のある拳西の態度がは白を苛立たせる。 「あたしたちのこと、四十六室は処分しようとしたんだよ?護艇十三隊は見て見ぬふりだったんだよ?」
なのに、今は手のひらを返したように、都合よく。 矢継ぎ早に出る厭な言葉達。
それまで黙ったまま顔色ひとつ変えることなくそれを受け止めていた拳西のピアスをした側の眉がピクリとわずかに動いた。 さすがの白も、今のはまずいと思った。今まで、思ってても誰も口にしなかった事。触れないようにしてきた事。 「・・・ごめん。拳西。白、すっごく厭な子だった」 黙ったままでいる拳西に、悪戯がばれた子どものように白は素直に謝った。 気まずい沈黙が訪れる。 何か喋らないと、と白が口を動かそうとした瞬間、拳西が先に喋り始めた。 少し、バツが悪そうに。 「いや。まぁ、だいたい当たってる、気もする。つーか、そう言うの無いって言ったら嘘になるだろ」 「拳西・・・」 何かを言おうとした白のおでこを指ではじいた。 今は、黙れというように。 「戻ってくれって言われた時、調子いいこと言いやがって―――て、ジイサンぶん殴ってやろうかと思ったのと反面、正直、」
あれから、ずっと8人で居て、これから先もずっと8人だけなのだろうかと考えた時。 それが厭な訳じゃない。 そう、ただ、哀しいとは思っていた。
それを白は怪訝な顔をして、訊くと、あの男の名前が返ってきた。 「真子だよ。真子」 「シンジ?」 何のことかわからないという顔をしている白に、拳西は先ほどあった事を話し始めた。
自分は戻る、だけど、他の仲間には此処に残る事を強制するな。 本人の意思で決めさせろ。もし、此処に残らずに現世に戻ると言っても、仲間の自由を確約すること。 時々戻ってきてもいいように、行き来の自由を約束すること。此処に残った場合の処遇。その他、もろもろ。 仲間がどのような判断を下しても、今よりも不利な状態にはならないように。今までよりも、少しでも良い状況にする為に。 「え!?まじ?」 「マジ。ほんとに、ったく」しょうがねぇ奴だと吐き捨てるように言う。 「・・・犠牲、だっけ?」 それから、危険、清純な愛だったか。 確かに、と思った。 あの男は常に自分以外の誰かの為に動くから。恐らく、その交渉だって・・・。 「ほっとけねぇだろうが、あの莫迦を」 「それは、確かに、そうかも」 放っておけないんだよね。 「今、殴りに行こうよ」 「今は無理だろうが。ひよ里が目を覚ましてからじゃねぇと」 「ダメージ、おっきいかぁ」 白はごろんと縁側に横になった。 日向ぼっこには最適なその場所で、二、三度ゴロゴロ転げた後、がばっと勢いよく置きあがって、 「じゃ、尚更、白は拳西と一緒に居る」 「はぁ?」 改めて、意を決したかのように白は言った。 「拳西と一緒に、真子ぼこる」 「いや、ぼこるのはやめてやれ」 「もし、ひよりんが、現世に戻るって言ったら、一緒に戻る」 真子が何を選択してもいいように、予防線を張り巡らせるように、そういう交渉をしたのだって、大半が繊細なあの子の為。 「ひよりんは、いろいろと、難しいところあるし」 シンジが隊長に復帰するんなら、あの子を支えるのはリサか、あたしか、だと思う。 あの子を独りで現世にだけは帰せない。 それは、絶対に、何が何でも、させたくない。
―――でも、 「副隊長に拘るなァ、お前は」 縋る様な瞳で見る白に拳西は眉をひそめる。 「だって、だって」 それだけじゃない。白と、拳西を繋ぐものは。 隊長と、副隊長の関係だけじゃない。 そのまま黙りこくってしまった白を見て、拳西は軽く舌打ちした。
「ほえ?」 ずしっと白の頭にチョップをし、急に怒鳴るように喋り始めた拳西に白は吃驚する。 「どこの誰がオレの副官になっても、それでも副隊長なんだろうが」 「言ってる意味が分かんないんだよ?拳西」 「・・・・ああああああ、面倒くせぇェェェ」 「なんで急に怒り出すのぉぉ?」 要領を得ない拳西の言葉に、自分の手で顔をムニュムニュと捏ね繰り回しながら困惑する。 上手く伝わらない苛立ちに拳西は頭をガシガシと掻きむしり、すくっと立ち上がる。 「だから、誰がオレの副官になっても、そいつは九番隊の副官なんだよ」 「当たり前じゃん!そんなの!」 「そうじゃなくて、お前は、九番隊の副官じゃなくて、オレの副官なんだろうがっつってんだよ。意味わかるか!?」 「わっかんないよ!」 なんで、わかんねぇんだ、この野郎!と何故かヒートアップする拳西。 「わかれ!この鳥頭!!」 「ひっど!拳西ひっど!鬼!悪魔!筋肉魔人!」 無意味な罵り合いの応酬が始まりかけた、その時―――。
思わず二人同時に振りかえると、呆けた真子の面がそこにあって、白はきょとんとし、拳西は固まる。 「甘いのう。甘い。甘い。ごっそさん、拳西」 白と拳西の間に立つようにして、二人をなだめ始めるが、からかうように真子に言われて固まっていた拳西は、苛立って喚き散らす。 「くっそ真子!甘くねぇよ!うぜぇよ!くんな!」 「ほら、愛の伝道師・平子真子としては?出とかなあかんかなおもて」 愛の伝道師って・・・。伝道師って・・・。うわァ・・・。 どうやら同じことを思っていたらしい拳西もそこに突っ込む。 「誰が愛の伝道師だ!寝ぼけてんじゃねぇよ!」 「ほんでな、白」 「訊け、人の話!」 拳西のマジ怒りを華麗にスル―した真子はドヤ顔のまま白に話始める。 「副官言うのは、隊長の女房役やんか?言うてみれば隊長と副隊長は夫婦や」 「えっ!じゃぁ、拳西は結婚するの!?」 白の残念な発言に真子はがっくりと肩を落とすが、すぐににんまりといやらしい笑みを零しながら白にさらに言う。 「なんでそうなんねん。天然か、お前は。そやのうてな、ようは、拳西は、九番隊の女房やのうて、オレの女房やろっちゅーてんねん。愛やで。あ・い」 「真子、てんめぇぇぇぇ!ひよ里んとこ行くんだろうが!とっとと行ってこいよっ」 ぽーっと頬を高揚させる白を余所に、真子に掴みかかる勢いでがなる。 その拳西を白は死覇装を引っ張りながら彼の名を呼んだ。 「ねぇ、ほんと?白、拳西のお嫁さん?」 輝いた瞳を見て、拳西は完全に動揺した。 しかも、どうしてそう脳内変換されたのか、お嫁になっている。 「嫁!?嫁じゃねぇよ!ほら、ややこしくなったじゃねぇか」 「間違いじゃないやんけ。女房は嫁やんけ。白はオレの嫁やろ?」 「ずっと、傍に居ても良いってことだよね?そうなんだよね?」 「・・・・・・、そこは、まぁ、その」 白のいつにない真剣な眼差しに、答えあぐねている拳西は、近年まれに見る動揺っぷりだった。 「じゃ、お邪魔虫はここでぇ」 「あ!待って、シンジ!!」 「なんやねん、白」 「ひよりんが起きたらフルボッコだからね!」 ただぼこるのではなく、フルボッコに格上げされたのを訊いて拳西は若干顔が引き攣る。 「はぁ!?なんでお前にフルボッコにされなアカンねん。寧ろ感謝せぇ!感謝!」 「違いますぅ。白だけじゃなくてみんなからシンジは一度殴られた方がいいんですぅ」 「なんでやねん!」 「自分の胸に手を当ててみればいいんじゃないのー?」
頑張り過ぎなんだよ。拳西もみんなも心配してんだよ。 「・・・お前か、拳西」 いらんことを言いよってからにと真子は苦い顔をして、忌々しげに舌打ちをしてから、拳西と白に背を向ける。 真子の目線の先にはひよ里の部屋へ向かう廊下にあった。 「・・・好きにせぇ」 鬱陶しそうにそう言う真子に、「百年分だから」白は間髪いれずにとどめの一言を刺す。 その言葉に思わず振りかえって、なんやと!?と目を見開いてこちらを見る真子に少しだけ気遣うように言った。
それくらい短い間だった。が、すぐにいつものあの間抜け面に戻り、何も答えることなくにっと笑うと、真子は顔を正面を向いた。 ふうとため息を盛大についた後、ひよ里が寝ている部屋へ向けて真子は足を進め始めた。 いつものように、背中を丸めて。そして、右手を肩のあたりまであげて、ヒラヒラと振った。
「もしもの時は、ひよ里、頼むぞ」 改めて言う拳西の言葉に白は胸を張る。 「うん。頼まれた。だから・・・」 「真子は任せろ。グダグダになってたらぶん殴ってやるから」 「うん!」
「なんだよ?」 「ずっと、傍に居させてね」 もしも、離れても。気持ちだけは、ずっと。 「いちいち確認してんじゃねぇよ」 「だって・・・」 「リサとひよ里意外にお前扱えんの、オレぐらいだろうが」 顔を赤くして照れているのがわかって、それがなんだか嬉しかった。
2012.01.18 |