悲愴サイクル 



「ひよ里サン、義骸の調子はどうッスか?」

「ん?あぁ、最近一護の特訓に付き合ってるせいか身体ガシガシ云うねんな、みたってくれるか?」


 女の欠けたアノ場所を男の出張ったモノで埋めると云うこの行為は、本能で動く動物ならば己の子孫を残す為。理性で動く人間ならば子孫を残すということは大前提だが、互いの愛情を確認するためであったり、快楽を得んが為だったり、ただ淋しさを埋めるだけであったりと色々な意味を成す。

 ヒトの形をしたヒトならざる彼らとて同じだ。人間と同じく理性で動くモノであるから。

 猿柿ひよ里と浦原喜助が、あくまでも義骸のメンテナンスとし行うこの行為は、お互いの罪悪感を少しでも軽減するためのいい訳でしかない。

 一時的な快楽に身を任せているだけ。


「・・・ッ、あぁッ」

「感度、良好そうっすよ?そんないやらしい声あげられるんですもん」

「あ、アホッ、そんな、ちゃう・・・あっ」

「何が、違うんスか?身体は素直に反応してるっていうのに、あなたは相変わらず素直じゃないなァ」

 ほら、といいながら喜助が粘り気のあるひよ里の体液で濡れた手を目の前に翳せば、彼女は頬を赤らめて俯くしかできない。その様子に喜助はクスリと笑うと、ひよ里の細い腰を持ち己の熱をあてがい、そのまま一気に突きたて揺さぶり始める。静かな部屋にひよ里のか細い嬌声が響く。

 感情を伴わない行為は、結局自分たちを傷つけるしかないのに、それをするのは嫌なことから逃げられるという麻薬的なものがこの行為に働いているからなのかもしれない。


 ひよ里と喜助の間には言葉には決して出さないけれど決まり事が二つだけあった。
それは、くちづけを交わさないことと、最中に互いの名前を呼ばないこと。

最中に名前を呼ばないというよりは、呼べない。互いに胸の中では、別の人の事を考え思っているのだから当然だろう。

 くちづけを交わさないのは、その想っている人へ操を立てているつもりなのかもしれない。

 なんにしても、虚しくなるだけの行為。

「も、もう、無理・・・―――ああぁッ、」

「・・・いいです、よ、アタシも・・・」

 極度の快感にひよ里は背を仰け反り身体を強張らせ、上擦った声で我慢できないことを告げると喜助が了承する間もなく先に昇りつめ、その後に喜助も果てた。

 二人の荒い息使いが、薄暗いこの部屋に吸い込まれる。


 ようやく落ち着いたころ、喜助がひよ里を気遣うように言った。

「大丈夫っすか?時間、遅くなると心配するんじゃないんすか?」

「誰がや?」

「平子さんですよ」

「・・・するか、あのハゲが」

 くだらないことを訊くなと言わんばかりに舌打ちしてから、喜助から蒸しタオルを受け取ると、汗ばんだ身体を荒っぽく拭き始める。喜助はそれを暫く可笑しそうに眺めてから、素直じゃないんだからと云わんばかりにひよ里に耳打ちする。

「心配、して欲しいんでしょ?」

 知った風に口を訊く喜助はあまり好きじゃない、とひよ里は思う。こうやって、人の傷を抉る様な事を言う。

「せやったら、どないやっちゅーねん」

 ひよ里は顔を歪めて短く息を吐いた。


 彼は、うちのことなんか好きでもなんでもない。ただの仲間の一人としか見てない。

 いや、それならまだいいだろう。

 平子真子にとって成長しないひよ里は自身の過ちが最もわかりやすく具現化したものだった。

 死神と云うものはある一定まで成長すると成長が止まるそうだ。ひよ里が成長しないのだってそれだけの事なのかもしれない。けれど百年前、あんな忌々しい事さえ無ければもう少し大人へとこの身体は成長していた「かも」しれないのだ。そういう可能性があったと云うだけの話だが。


 彼は自分の副官が危険な奴であると云う事をわかっていたらしく、自分の目でみて監視してその男の行動を抑えようとしていたらしい。
優しい彼の事だ、その間に心変りしてくれればとか思っていたんだろう。それが仇となり嵌められてしまった。あまつさえ現世へ都落ち、自分達を助ける為に禁忌を犯してしまった喜助や大鬼道長、そして彼らを逃がす為に動いた二番隊隊長もだ。彼が自分を責めてしまうのも無理も無いのかもしれない。本来ならあの男の危険性に気がつかないままでいたひよ里達にだって十分落ち度があるのに、彼は一人で全部背負いこんでいた。
 彼はそんな様子はおくびにも出さないし、もしも出てしまったとしても上手に誤魔化すだろう。
 みんなだってきっとなんとなくはわかっている筈なんだ。わかっている上で、それ以上、踏みこもうとしないのは彼らなりの優しさなのかもしれない。下手な言葉は相手を追い詰める凶器にしかならないから。
 
 責めるべき相手は、こんな事態を作りだした張本人は、討つべき相手は、別にいる。
 生きる為に、復讐する為に、虚化も自分たちのモノにした。みんなで助け合いながらやってきた。そのせいで向こうでは死神のくせに虚の領域に足を突っ込んだ無法者の扱いをされた。でもそんなこと気にしてる場合でもなかったし、とにかく死に物狂いで、気がつけば、現世に来て何十年も経ってた。

 ようやく落ち着いた頃にひよ里は自分の身体がいっこうに成長してない事に気がついた。
 ちょっと遅いくらいか、まぁ、成長が遅い奴はなんぼでも居てるからさほど珍しくは無い。と、最初は思っていた。
 義骸に入っているせいなのかもしれない。現世に居るせいなのかもしれない。もともと此処までしか成長しなかった、それだけなのかもしれない。それは今でもわからない。
 どれだけ時が過ぎてもひよ里の身長は低いままだったし、その身体はリサや白のような女らしい身体つきには程遠いものだった。人間で言うところの第二次成長期の初めのへんで止まった感じだろうか。僅かに胸が膨らんでいる事が唯一自分の身体が女であることを訴えてるようだった。
 
だけど何十年も経てばさすがに昔みたいに子どもではないし、身体は時を止めたままでも中身は厭って云うくらい女で。好きな男に抱かれたいと思うことだってあるわけで。それは目の前にいる昔よりも淀んだ瞳をするようになったこの男では無く、本心を探られないようにしているのか帽子を深くかぶり目元を隠して笑う事が多くなったあの男の方だ。
 いつからあんな風に笑うようになってしまったんだろう。

 それを考えると胸がシクシクと痛み始める。


 奥の台所から上半身だけ裸の喜助がビールを2本持ってひよ里の元くると、彼女の目の前にずいと、一本それを差し出しヘラっと笑う。

「呑みます?ビール」

「あ、もらうわ。おおきに」

 ビールを受け取った代わりに身体を拭いたタオルを渡すと、プルタップに人差し指を引っ掛けプシュッと音を立ててビールを開けた。ごくごくと喉を鳴らしながら呑む。しゅわしゅわと炭酸が弾けながら喉を通って行く感じが結構好きなのだ。だから行為の後一本だけここでビールを呑む。それが通例になっていて、きっとそれは真子の知らない、うちだ。

 もう一口だけ呑むと、畳の上にビールの缶を置き、壁に背を預け天井を見上げた。大きくため息をつくと、隣に座った喜助に笑われた。

 あいつ・・・真子に、想いを告げた事があった。好きだ――と。

 真子は顔を強張らせて、とてもショックを受けた様な顔していた。

  ――何を云うてんねん。寝ぼけてんのか?

 寝ぼけても無いし、血迷っても無い。ずっとずっと、好きだった。いじわるばかりされたけど。取っ組み合いの喧嘩もしたし、あいつの事をボケハゲと罵ったり、飛び蹴りなんかもしたけれど、あいつはそれをちゃんと受け止めてくれてた。困った時はあからさまに助けることは無かったけど、助言をしてくれた。導いてくれた。

 あの、真面目になると少しだけ低くなる声が、大きな手が、綺麗な長い金色の髪が、切れ長の目が、笑うと並びの良い歯が見える口が、広い背中が、あったかい胸が、全部、全部大すきだった。今まで誰よりも一番傍にいた、傍に居てくれた。だから、今までよりももう少しだけ近くなりたかった。

  ――すまんな。そんな風に今はお前の事、見られへん。

 うちが本気だとわかると困ったようにそう言われた。
 
あいつにとっては、やっぱりうちは子どもでしかないのか、まぁ、わかってたことや。しゃーない、と思った。
 これまで通りで居られるならそれ以上望まないし、
そう思って、ややこしいこと云うてすまんかった、忘れてくれって言おうとしてた。

 そしたら、


  ――お前見てると、あのこと、思い出すねん。

 あのことって?

  ――あの、夜の事。

 うちが、・・・お前を斬ってもうたからか?

  ――違う。

 じゃぁ、なんや?

  ――お前が成長せえへんのは、たぶんオレのせいやろ。せやから・・・、


 その後、真子が何を云っていたのかは、頭が真っ白になってしまってもう覚えていない。

 たぶん、ごめんとかいろいろ言ってたと思う。あんなことが無ければひよ里はちゃんと成長してたかもしれない・・・とも言っていた気がする。

 そんなことはどうでもいいから、ここから消えてしまいたかった。

 彼を苦しめてる原因の一つが自分であったという事実は、ひよ里を追い詰めるには十分だった。どうして生き延びてしまったんだろう。なまじ霊力が高いせいで簡単な事じゃ死ねないしと、ひよ里は自分を責めた。彼が今までそういう目で自分を見てたかと思うと、未だにそう思っているんだろうと思うと、消えてしまいたい。そう思った。
 自分のことが厭で厭で仕方がなかった。

 何度、仲間の元を去ろうと思ったかもわからない。結局一人では上手く生きて行けないし、何よりもあんなことを云われても、それでも真子の元に居たかった。例えそれが真子を苦しめる事に繋がるってわかっていても。


「アホやな、うち」

 思わず自嘲した言葉がひよ里の口から洩れると、すぐさま喜助が反応した。

「そうっすね。阿呆だと思います」

「・・・。お前には云うてへんわ」

「あら、それはすいません」

 全て呑み干してしまったのか喜助が呑んでいたビールの缶は彼が振っても中で揺れる液体の音は何も聞こえなかった。まだ呑み足りないのか、もう一本付き合ってくれます?と、どこか婀娜っぽく微笑む喜助に、しゃーないなと、ひよ里は頷いた。


 喜助は、いい。

 この男はうちの事を好きでもなんでもないから。

 別の人の事が好きだから。

 優しくないから。

 楽だから。
 良い事も、悪い事も、ありのまま受け流していくから。

 ただの快楽をくれるから。

 このままうちが此処に来なくなっても何も言わないだろうから。


「ねぇ、ひよ里サン」

「なんや?」

「そんなに辛いなら、諦めればいいのに」

 そんなに苦しいなら、止めてしまえばいいのに。

「そんなん、お互いさまやろ」

「まぁ、そうですけど」

 どうして、諦められないのだろう。

 どうして、止められないのだろう。


 こんなものは、もはや恋だとか、愛だとかそういう綺麗なものではなく。
ただの執着なのかもしれない。

 薄汚れた、執着。

 辛いから、逃げるのに。苦しいから、逃げるのに。

 別の男と繋がるのに。寂しさを埋めようとするのに。

 そして、結局、やっぱり違うと思うんだ。本当に欲しいモノは、これじゃないと。

 想い知るだけなのだ。



「やっぱりあいつのことが、好きやねん」

 誰に言うわけもなくそう呟くと、缶の中のビールを一気に飲み干すと喉の奥がぎゅうと苦しくなって、口内にビールの苦みだけが広がった。


お題提供 ロメア 様



地味に続く予定です…。(←
個人的にひよ里に情事の後にビールを呑ませたかっただけなんです(キリリ)
普段は子どもっぽいのに二人きりだと妙に色っぽさがひよりんから出ていると嬉しいです。
あと、お酒に関してはザルだといいな。酔わないからわざわざお酒飲みませんって感じだと嬉しい。
2011.12.29