白色ヒポコンドリー






何もない真っ白な世界で、

真っ白な着物を身にまとった女の子が其処にいた。

それは、白無垢なのか、死衣装なのか、それとももっと違うものなのか、ぼやけて見えるので、はっきりしない。

必ず二つに結ってあるはずの薄い金色をした髪は下ろされている。

いつも眉間に皺を寄せているはずなのに、

今、目の前に居る子は、何故か穏やかな微笑みを浮かべていた。

思わず、手を伸ばす。

届かない。

更に、手を伸ばす。

どうにか繋ぎ止めたくて。

でも、届かない。

ゆっくりと離れていく。

「    」

小さい口から八重歯を少しのぞかせて、何かを言っている。

何を言っているんだろう。

わからない。

わからない。

わからない。

それからゆっくり女の子は背を向けて、消える様に遠ざかっていく。

―嫌だ。

真っ白だった世界は暗転し急に闇に。

―嫌だ。

それに吸い込まれるように、女の子は消えた。




そこで目が覚めた。

「…なんや、夢か」

安堵したように、つぶやいた。

目に映ったのはいつも見慣れた、天井。

部屋の中は、まだ薄暗く、朝なのか夜なのかイマイチわからない。

とりあえず枕元を弄り、目ざまし時計を手にとって時間を確認した。

時計の針が朝6時を指したばかりだった。

はぁ、とため息をつく。

夢見が悪く目は覚めてしまうし、二度寝をするにもそんな気分にもなれない。

いつもならもう少し寝ているのに、すごく損をした気分だ。

だるそうに身体を起こすと、寒さで身体がぶるっと震えた。

めっちゃさむっ…。

肌寒いではなく、身体の芯を冷やすような寒さだ。

何気なく窓を覆い隠している厚手のカーテンをそっとめくり外をみると、

「雪、や」

ハラハラと雪が降っていた。

儚いなァ。

その雪が降る様をしばらくぼーっと眺めていた。



リビングに行くと明かりがすでに付いていて、こんな早くから自分以外の人が起きている事がわかった。

聞こえてくるのは本日のニュースとやらを、ただ垂れ流すテレビの音。

テーブルの方を向けば、起きているヤツが3人。

髪を二つに結ったちびっこと、寒いのにタンクトップ着て眉の所にピアスをしてある男と、その横で黄色い声を出してやいやい男に向かって文句を言っている女がいた。

「おはようさん、拳西、白」

「おはよーシンジィ」

「おう、早ぇじゃねぇか」

その言葉にせやろーと片手を上げて返事をして、冷蔵庫の中にあるミネラルウォーターを取り出した。

キャップを開け、勢いよく喉に流し込む。

冷たくて、更に身体が冷えた。おかげで目が覚めて、思考がハッキリする。

ふぅ、と息をついてキャップを閉めたところで、後頭部にスパンという音とともに痛みが走る。

「痛ったいのぉぉぉ!」

思わず後ろを振り返ると、ちびっこが仁王立ちしてこちらを睨みあげながらスリッパを持っている。

猿柿ひよ里だ。

「なんやねん、朝っぱらから!痛いやろが!」

「ハゲか!!ウチへの挨拶がまだや、真子」

「あれ?言うてへんかったかー?」

「言うてへん。白々しいにも程があるでぇ」

「あぁ、そら、すまんかったのぉ」

いつもならもっと応戦をするところだが、なにぶん今はそんな気になれない。

あんな夢をみたせいか。

そのまま、スタスタとひよ里の目の前を通り過ぎようとしたら、尻を蹴飛ばされ、フローリングにゴロゴロと転がった。

…うう。ひよ里のやつ、容赦ないのぉ。

冷え切った床が骨身に染みる。

その床に突っ伏したままでいると、「飲め」と、ひよ里が赤地に白の水玉模様のマグカップを差し出した。

水じゃ身体が冷えるからと言われ、身体を起こし素直に受け取った。

優しいんか優しないんかどっちやねんな。難儀なやっちゃな。

マグカップの中には白い液体がユラユラと湯気を立てている。

「これ、ホットミルクか」

「あかんか?」

「お子様の飲みもんやな―おもて」

その台詞に目の前の女の子がムッとした顔をした。

「なら、もうええ。やらん。返せ」

「あ、嘘です。せっかくの猿柿さんからの愛のこもった飲み物やし、遠慮のういただきますぅ」

もぎ取られそうになったので、あわててマグカップに口をつけた。

目の前で「愛なんて込めてへん!」とか喚いてるけど、そんなん無視。

熱いので、ゆっくりと口の中に入れる。

温かくてまろやかなミルクに混じってほんのりと蜂蜜の味がして、なかなかに旨い。

水のせいで冷えてしまっていた身体もだんだんと温まる。(冷たいモンの後に温いのって腹壊さんのかな)

「ごっそさん」

全部飲みきってから口を離した。

「ああー!」

ひよ里は奪う様に手に持ったマグカップを取り、逆さまにしてもう無い事を確認しては、ひどくがっかりした顔をしてる。

「何してくれてんねん、うちも飲もう思ててんぞ!」

俺に全部くれたんとちゃうんかいな。

「言うてくれれば、飲みかけのを口うつしでもしたったのに」

そう言うと、思いっきり頬を張られた。

「なんやひよ里は、俺と間接キッスしたかってんか、それならそうと・・・モガッッッ」

「ドアホが!」

次は、顔面に蹴りを喰らわされ、その勢いで仰向けに倒れた。

向こうの方で、「バカだねシンジィ」「ほっとけ」となんだか小馬鹿にしている奴等の声が聞こえてきたけど、聞こえない。聞こえない。

これもひよ里の愛のある、ちょとばかし過激なスキンシップっちゅーやつや。

うんうんと、頷く。

するとすぐさま否定の言葉が投げかけられる。

「スキンシップやない!どついてんねや!」

「ちょっ、おま、心ン中読むな!どこでそんな能力身に付けたんや!」

「ハゲ!考えてる事がダダ漏れすぎんねん」。


取り巻く世界が変わっても。

二人の関係を表す言葉が変わっても。

変わらない日常と。

変わらないやりとり。


なんとなく、真っ白な天井を見つめた。


「……」

おかしいな、俺。あの夢のせいか。えらい堪えとるやないか。あほらし。まさか、今更見るなんて思うてもなかったしな。

はぁーと大きく息を吐いた。

と、その時。ひよ里の小さい片足が腹の上にちょんと乗った。

仰向けのまま、目線をそちらに移す。
腕を組み、見下ろすひよ里の姿はさながら女王様のようだ。

「……ひよ里、まさか等々そういうプレイに目覚めてんか?」

いつかそっちの道に片足突っ込むんじゃないかと思っててん。

ちんまい女王様か。なにそれ、めっちゃ萌えるやん。

「お前は目開けたまま寝言を言うんが上手いのう、ハゲ真子。このまま体重を掛けたってもエエねんぞ?あ?」

小首を傾げ、口の端っこを上げて八重歯をのぞかせて笑ってても目がマジだ。

「やめたって、猿柿さん。魂魄出てまいます」

思わず冷や汗をかきながら許しを請うた。こういう時はあまり逆らわず、許しを請うのが己を守る最善の策だという事を最近学んだのだ。

「ま、ええわ。なァ、外見たか?」

「外?ああ、雪のことか?」

「せや。今から散歩しに行かへん?」

「なんでや?」

「雪がな、エエ感じに積もってん」

「ふうん」

「行かへんのか?」

「行く」

「ほな、決まりやな。支度してき」

それだけ言うと、腹の上に乗せてた足をさっと退けて、パタパタと自分の部屋に戻って行った。

ひよ里も支度をしてくるんだろう。さすがにあのジャージで外を歩くのは寒いだろうし。

それにしても、どういう風の吹きまわしなのか。ひよ里からお出かけに誘ってくれるなんて、珍しい日もあるもんやな。

徐に起き上がって、首をコキコキっと鳴らした。



身支度を整え、厚手のグレイのロングコートに身を包み、外に出ると朝だというのに雪を降らせている重そうな分厚い雲が太陽を遮っているので薄暗い。

地面には雪合戦が出来る程度に雪が積もっていて、いつも見慣れたソレとは違い、真っ白な世界に来たような錯覚を覚える。

誰にも踏まれていないまっさらな雪を目の前の女の子が、キュッキュと楽しげに踏みしめていた。

白いダウンコートを着て、白いニット帽を被り、赤茶色のチェックのショートパンツにロングブーツという出で立ちだ。

いつだったか、白とリサと買い物に行った時に買わされたと言ってた、その時の服やろか?

ジャージじゃない姿は非常に貴重で、思わず目を見開いてみてしまった。

そんな俺を見つけるとひよ里は

「おう、遅かったやないか」と白い息を吐きながら珍しくニカリと笑った。

その笑顔は、昔と何一つ変わらない。




むかし。そうだ、もうずっと昔。

俺はこの子の当たり前の日常になろうと決めた。

あの日々は得られるものも沢山あったけれど、それ以上に失うものが多すぎた。

まだ、死神になりたての幼いあの子には、それは厳しい現実で。

幼いくせに、妙に大人びた所があったあの子は、泣きながらも歯を食いしばりそれを受け入れ、耐えていた。

そんなあの子にとって、変わる事のない日常になりたかった。

いつか、大人になり俺の元から去っていくことになっても。

常に傍に居て、変わらない日常の一部に。



「一部…か…」

思わず口走ってしまった。

迂闊だった。

「何がや?」

当然、すぐ隣を歩くひよ里が不審そうに聞き返してくる。

「や、なんでもあらへん」

そう言いながら片手をパタパタ振った。

まさか今まで黙って昔の事を考えてました、ちょっと言えるわけない。

恥ずかしすぎる内容だったし。

そのままズンズン歩いていると、さっきまで隣にいたはずのちびっこが居ない。

あれ?っと思って振り向くと、明らかに怒った顔をしたひよ里が、短い助走をつけ、両足で踏切、そのまま俺の顔面目掛けて飛んできた。

ドッっと鈍い音がして、でかい図体した筈の俺が吹っ飛ばされる。

とび蹴りを喰らわせたちびっこはスタッと綺麗に着地。

「何してくれてんねん!!ひよ里!痛いやろが!ブーツ履いてとび蹴りしなや!」

少し哀愁に浸ってる俺に、こんな仕打ち。

いや、今に始まった事やないんやけど。

そんなんは分ってんけど、ちょっと心に染みる。ちょびっと泣いてもエエやろか。

雪が積もっている地面に情けなく転がっている俺の所に駆け寄って、今度は「立て」とひよ里が言う。

じゃぁ、蹴飛ばして転がすな!と言い返す所だが、今はその元気がいまひとつで無いので、その言葉に素直に従った。

「手」

「は?」

「しゃーから、手、出せ」

怒ったままのひよ里が俺を睨みつけながら言う。

この子は一体何がしたいんや?ようわからへん。今日は本当に行動が読めん。

仕方なく言われたようにした。

骨ばったでかい両手をひよ里の目の前に差し出す。

寒さのせいか、手先が赤くなっている。

その手を見たひよ里は、自分の手にはめていた赤色のしましまの手袋を乱暴にとって、自身のコートに突っ込むと、そっと俺の手を包んだ。

その、ちんまい手はえらく温かくて、心が震えた。

「な、なんや。いきなし」

「アホ、手、かじかんでもうて、赤こうなっとるやないか」

ちんまい手で、手を擦って、はぁっとあったかい息を吹きかける。

「手袋するとか、コートん中に手を入れるとかせぇ、アホ」

あぁ、この子、俺の手あっためてくれてんのか。

「うちの手袋、貸したってもエエんやけど、さすがに無理やしな」

そう言いながら、また息を吐きかける。

「お・・・、おおきに、ひよ里」

「別に、や」

目も合わさずぶっきら棒に言われた。

少しだけこの子が照れてるのがわかった。


「―――ほんで?」


眼を伏せたまま、ひよ里は言う。

「ほんでって、何が?」

ハラハラと舞う雪が、そばかすのある頬に落ちて消えるのが見えた。

「ハゲ。ウチがなんも気づかへんと思ってんか?」

包んでいる手を温める様に息を吐いてから、目の前にある大きな瞳が俺を見据える。

「朝から、お前…おかしいやんか」

……。

「そないバレバレですか?」

「言うたやろ、ダダ漏れや。なんかありましたってのが」

「わりと上手く誤魔化してるつもりやってんけど」

「ハゲか。いっこも誤魔化せてへんわ」

「……さいでっか……アハハ」

思わず乾いた笑いが出る。

俺、超絶情けな…。

おかしいな、これでも結構、昔は表情の読めない(黙ってれば)イケてるお兄さんと評判やってんけどなー。

「言いたないんか」

「んー、言いたないと言われれば、そうやなぁー」

あやふやな物言いをする俺にイラッときたらしく、小さく舌打ちをして周りをキョロキョロし始める。

それから、「あっ!」と小さく声を上げてから、俺の手を引っぱり近くの小さな公園へ連れて行かれた。

遊具にもしっかりと雪が積もり、あたり一面が真っ白で、まるで夢に見たあの場所と錯覚するようだった。

ベンチの前まで行くと、ひよ里は積もってた雪を払い、そこに濡れないようにと言う配慮なのか持っていたハンカチタオルを敷き、ここに座れと命令される。

普段ガサツなくせに、こういう所は本当に女の子らしいと思う。

特に抵抗することも無いので、言われた通りに座ると、すぐに膝の上にちょこんと背を向けたまま乗ってきた。心許ないほどに軽いこの子。

「え?なに?」

思わずテンパってしまう。

「黙れ」

「……」

ひよ里は自分のコートの中に、俺の手を無造作に突っ込んだ。

もちろん、自分のちんまい手も一緒に。

なにこの、素敵イベントは。でも待って。

こういうポケットに手を突っ込むって男が女にやってやるもんなんとちゃうんかいな?

まぁ、ええけど…。ちゅーかむしろウェルカムやけど。

でも…、

「ひよ里、お前、こんなん苦手やろ?別に無理にせぇへんでも…」

背を向けられてるので、顔の表情が全く見えない。

耳朶さえもニット帽に隠れてしまってわからない。。

だから、感でしかないのだが、たぶんすっごい恥ずかしいはず、なのだ。ひよ里は。けれど、

「うるさい。別に、無理はしてへん」

余裕やと怒ったような口調でいう。

「そーか」

それならと、お言葉に甘えさせてもらってしばらくこのまま。

小さな彼女越しに、シンシンと降り積もる雪を眺めた。




当時の俺が、まだ小さいあの子にどうして「好きや」と言えただろうか。


気がつけば、あの子が傍にいる事が俺の当たり前で、日常になっていた。

そうだ。いい大人の筈の俺の方が好きになっていた。

大人の男が幼い女の子に惚れるとか、なんて滑稽だろうか。まるで安い三文小説のようだ。

その気持ちを自分で認めるまで、なんだかんだと足掻いて。

まぁ、無駄やってんけど。

その気持ちに腹を括ってからは、この気持ちはこの子には伝えないでおこう。

自分はそっと見守れるだけでいい……。そう思いながら。

だけど、

誰にも渡さない。渡したくない。ずっと傍に置いておきたい。誰にも見せたくない。

首輪をつけて必ず俺の所に戻ってくるようにしてやりたい。腹の奥底ではどす黒い汚い感情が渦巻いていて、そんな自分に幾度となく心底絶望した。

それでも、なんとか、かんとか、折り合いをつけて過ごしていた。あの変わらないな毎日を。


しかし、それは急に崩れ去る。あの日を境に。


いろいろあって、本当にいろいろあって。それこそ、一言二言では済まないくらいに。

やっと落ち着いたころだっただろうか。

ふと気がついた。子どもや、子どもや思ってた子が、見てくれこそ少女のままでも、ずいぶん大人で。その、アンバランスさが切なくて。哀しくて。そして愛しくて。

そしたら知らん間に、想いが口をついて出てた。

それを黙ってこの子は受け入れてくれて。気持ちを繋げても、身体を繋げても、今までと変わらない日々だったけど。

それが、ただ嬉しくて。胸ン中が、温くて。

こういうのを、幸せって言うンやろな。そう思った。

でも、


いつかそれが壊れる日が来るかもしれない。あの日のように。


昨日、不意に頭を擡げた不安。

ひよ里が俺の元から居なくなったら、俺は、どうするのか。

どうなってしまうのだろうか。


ああ、そうか。

そんな事を柄にもなく昨日考えてしまったせいか。

それで、あんな夢を。

ほんま、俺、アホやな。



「えっきし」

ひよ里がオッサンぽいくしゃみをした。

「おいおい、寒いんとちゃうんか?帰るか?」

「ちゃう。コートの毛が鼻をこそばしたんや」

「ほーか。ならええけど」

「……」

ポケットの中でちんまい手が俺の手をきゅっと握った。

「真子」

「んー?」

「……言いたないなら言わんでええ」

空を仰ぐ。

雪はもうやんでいた。

「言わんでええけど」

そんなら…。

ふうと白い息を吐いてから

「そんな顔、すんな」

ぶっきら棒に言った。

「気にかけて欲しいってのがバレバレなんや、アホ」

言われて、初めて気づく。

心配して欲しい、気にかけて欲しい、構ってほしかったと。

そして、心配されて、気にかけてもらえて、構ってもらえて、嬉しい、と。


――――――敵わんな、この子には。すぐに俺の事を見透かしよる。


小さい背中にコツンとおでこを預けてから今日の夢の事をひよ里に話した。



「なんやそれ、しょーもな!」

一通り喋って、ひよ里から返ってきた言葉は想像通りだった。(ついでに頭突きもされた)

だからあまり喋りたくなかったんや。

「俺かてあんな夢がまさかここまで堪えると思ってへんかったわ。アホや、俺!」

恥ずかしすぎてヤケクソで言った。情けなさついでに涙も出てきそうになった。

俺、居た堪れなさすぎる。

「ちゅーか、お前、ウチの事好きすぎるやろ!キモイ、めっちゃキモイわ!」

「そないキモイキモイ言いなや。傷つくやろが。でもほんと、めっちゃ好き…」

「ハハハハゲ!そこは否定せい!」

あ、こいつ照れとるな。分りやすい。

それにしても、言うだけ言ってしまうと、こう、胸の中に痞えてたものがポロッととれたというか、軽くなったというか。

しかも、あっけらかんと「しょーもない」の一言で片づけられるし。

まぁ、ほんまにしょーもないんやけど。自分が思い悩んでた事がバカらしくなる。

こんなん考えんのも、どうせ俺ばっかりなんや。

「お前はないやろなぁ。俺が居らんなるかも…とか」

「ないっ!」

ほらな。

即答や。そうや思ったわ。

「やって、お前、ウチのストーカーなんやろ?」

「ぁあ??なんやと!?」

さも、当たり前だろ?と言わんばかりの突拍子もない言葉に焦る。

ストーカー、ストーカて…!!どこで覚えて来てん、そんな言葉・・・。

「お前はウチのストーカーやて、リサが言うてたで?」

あの、エロ眼鏡女!!!

いらんことをひよ里に吹き込みよってからに。

でも、哀しいかな全否定出来へん。

ある種、ストーカー的な要素、含んでるような、気が、しないでも、無い……。

あ、またへこみそう、俺。

「ストーカーちゅーんは、ずっと付いて来るもんなんやろ?」

「は?」

またしても唐突に言う。

その言葉の意味が理解できないでいる俺に苛立ったのか、ひよ里の声のトーンが下がる。

「いつでも、付いて来るもんなんやろ?」

ポケットの中から手を急に引き抜き、

ひよ里はぴょんと勢いよく膝の上から飛び降りると、とたんに霊圧を一気に高めた。

そのまま振り返りざまに

「ウチがどこいこうが」

ザッと地面を片足で強く蹴りあげ

「うわ、ひよ里、ちょう待て――っ」

「ついてくるんっ」

回し蹴りが顔面目掛けて飛んできた。

「――やろがっっ!!」

静かな公園にひよ里の怒鳴り声と、ガッと重い音が響く。

普段なら、適当に蹴られているんだが、あからさまなひよ里の殺気に、思わず歯を食いしばり、身構えて腕の固い所でその蹴りを受けた。

じぃぃんと蹴りを受けた部分が痛みを放つ。

視線がぶつかる。その、刹那。


「それとも、ついて来ぇへんのか。」


彼女の強い瞳が一瞬、哀しげな色に揺れる。

下唇を噛み締めて、何かを懸命に堪えている、いじらしいその姿。


「ウチだけか、そう思ってんのは」


冷たい北風が頬を撫でた。

胸が締め付けられた。頭で考える前に、心が反応した。


「付いて行く!ひよ里がどこに行っても付いて行く。追いかける。見つける。傍に居る。ウザがられても、居続けたる」


彼女は驚いたように目を見開いて、一瞬、泣き出しそうな顔をして、それからすぐ睨むような目つきに戻し、平静さを取り戻す。

「そんなら、そないな夢も今日で終いや」

腕を組みながら目の前に居る女の子はとてもエラそうに言い放つ。

いとも簡単に。

それも欲しい言葉を、くれる。


ほんま敵わんわ。

無敵すぎる。格好エエ。


クククと、笑いがこみ上げてきた。

「お前は、ほんまにすごいなー」

「なっ!何笑ってんねん!」

「…なぁ、ええの?」

ひよ里の頬に、片手を添える。

「何がや?」

「俺が、ウザいほど傍に居っても」

「寄るな言うても、来るんやろが」

「うん」

「ほんなら、エエも悪いも無いやないか」

ぷいと、そっぽを向く。


―――あぁ、本当に、この子は……。


胸が熱くなる。

思わず横顔に、キスをした。

「何すんねん!」

振り向いたその顔は真っ赤で怒っていたけれど可愛かった。

「愛しとる、ひよ里!大好きや!」

ぎゅうっと細い体を抱きしめた。

「ウザい!やめろ!離せ!ハゲ河童!!」

「いやや!離さへん!絶対、離さへんー!」

抱きしめた身体は温かくて、柔らかくて、気持ちがいいから、なんだか泣きそうになった。

きっとあの夢は二度と見ることは無と思う。

だってあの子が何をしようが、どこに行こうが俺がずっと傍に居る。

それがあの子にとっての日常で、俺にとっての日常で、それが当たり前だから。

例えば、いつか俺の鼓動が止まる時が来たって。

例えば、もう二度とこの子の傍に居る事が出来なくなっても、記憶の中に、心の中に、居続けるよ。

それは、あの子が望んだことで、俺の望みでもあるのだから。



<<終>>