恋愛感情氾濫中 ― 告白します ― 好きな人ができました。
見た目が軽薄そうな人ですが、とても真面目なお人です。 男のくせに腰まである長い髪をしています。 金色の糸の様な髪の毛で、羨ましゅうて同じように髪を伸ばしてみました。 目は三白眼で、笑うと、並びのいい歯が目立ちます。 白い隊長羽織がよう似合います。 死覇装もよう似合ってます。 ウチの頭を撫でる大きな手が好きです。 ウチの名前を呼ぶ、その声が好きです。 その人は大人です。 ウチよりうんと大人の男です。 だから、言えません。 ウチは子どもだから、言っても、きっと本気にしてもらえません。 だから、言えません。 言ったら、今の関係が壊れるような気がして怖いんです。 だから、今はこのままでいいのです。
好きな子が出来ました。
態度はでかくてすぐにケンカ腰になるけれど、とても情に厚くて、情に脆い子です。 八重歯とそばかすがチャームポイントと言うてて、俺もそう思います。 二つに結った髪の毛はまるで兎さんのようです。 笑うと案外可愛いです。 赤色がよう似合います。 小さくて、チョコチョコ動き回る様が可愛らしいです。 俺の髪を遠慮なしに掴んで引っ張るその手が好きです。 俺の名前を呼ぶ、その声が好きです。 その子はまだ小さいです。 まだ、小さい女の子です。 だから、言えません。 言ったらきっとこの子を怖がらせてしまうと思います。 だから、言えません。 言ったら、今の関係が壊れるような気がして怖いんです。 だから、今はこのままでいいのです。
「ほっときぃ。ちょっと素直になって気持ちを打ち明ければええのに、言わんあいつらが悪い」 八番隊、副隊長室。 椅子にゆったりと腰をかけながら、最近出たばかりという卑猥な本を片手に、九番隊副隊長である白の話を面倒くさげに聞いている。 そのリサの様子に白はいささか不満があるようで、ぷうっと頬を膨らまし口をとがらせていた。 話の主役は、平子真子と、猿柿ひよ里である。 この二人、実は両想いであるくせに、それに気が付いてないばかりか、お互いに今の喧嘩友達のままでいいと思っているようなのだ。 お互いの事を想いやってるが故の発言らしいが、白はそれが気に入らない。 好きあっているのなら、幸せになってほしい。 年の差だって、身長差だって関係ない。もちろん大人だろうが、子どもだろうが。 「で、もぉ、二人とも意地っ張りなんだから仕方がないじゃん?」 「ウチは言うたで、素直になれって」 卑猥な本から視線を外すことなくサラリと言う。 リサは、どういうわけか平子とひよ里からその類の相談(…というよりも愚痴)をされる事がよくあった。 「そんなことで、素直になるわけないじゃんー。リサリサ、羨ましいだけでしょー?」 「は?なんでや」 含みのある言い方に、リサはイラッとした。 「京楽隊長」 「!」 白の言葉に激しく動揺するリサ。 そんなリサに呆れた風に白は言う。 「上手く、いってないのー?」 「うう、ウチとあの人とはそういう関係やない」 パタリと、それまで読んでいた卑猥な本にしおりを挟むことなく閉じる。 「えー?でも、寝てんじゃん」 「白!もう黙りぃ」 「リサのいじっぱりー」 ぶーっと頬を膨らませて睨んだ。 そんな白の様子を横目でチラリとみたあと、視線を閉じられた本へと移し、ふっと息を吐いた。 「あの人はな…」 その顔は淋しげな表情に変わった。 「だれか別の人の事を考えてる」 身体を肌を、重ねているからこそ、分る事がある。 自分を抱いていくれているのに、そうじゃない気がする。 自分を見てくれているのに、他の誰か、別の人を見てる気がする。 自分の名を呼んでくれているのに、誰かの代わりに呼ばれている気がする。 気がするんじゃなくて、きっとそうなんだ。 房事の際「好きだよ」と唄うように彼は言うけれど、きっとそれは他の人に向けられた言葉。 女となれば見境なく気を持たせるような言葉を、次から次へと紡ぐ彼には、本当に好きな人は別に居るんだと確信している。 もちろん、感でしかないけれど。女の感。 きっと隊長である彼でさえ、その言葉を発するのに躊躇してしまう、いや、その思いを胸にしまっておくしかない人が居るのだろう。 その人についても、リサは薄々気が付いている。 たぶん、十三番隊のあのお人や…と。 敵う筈がない。敵うわけがない。あの人と私では所詮、付き合いも格も違うのだ。 「…切ないね」 白はすまない気持ちになった。 「そやね」 リサは困ったような微笑を浮かべた。 「あ、でもアタシも似たようなもんかも!」 はっと思い出したかのように掌を打つ。 「拳西と?」 「そ!アタシも、拳西も、どこか欠けてんの。だからかな、あんなこと、するの」 えへへと、嬉しそうに笑った。 その始まりは、好き、とか、嫌い、とか、そんなものはどうでもよくて。 ただ、無性に人肌が恋しかっただけのかもしれない。 自分たちが置かれている今のこの状況は、いつでも死と隣り合わせで。 哀しい事が沢山あった。悔しい事もあった。やるせない事が本当に沢山…。 でも、それにいつのまにか慣れてしまった自分が居て、胸にぽっかり穴が開いたような気がした。 だから、求めた。 淋しさを埋めたくて。哀しみも埋めたくて。 何も、感じたくなくて。 拳西もきっと似たような気持ちだったんだと思う。 「白」と低く掠れた声で求めてくれた。 優しく抱いてくれた。 そうしたら、いつの間にか好きになってた。順番がまったく違うね。こんなの変だね。
「淋しい。でも、幸せ。おかしいね」 フフフと笑う。 「好き、なんやろ?」 「うん、好き」 「拳西は?」 「わっかんない。だから、ホントの気持ち、言えない。怖いよ」 「そっか」 「そう」
素直になりたいのに、なれなくなっちゃうね。 とても怖がりになっちゃうね。
「そだね」
好きになっちゃったんだもんね。 リサと白は、二人で笑った。
猿柿ひよ里は、五番隊隊舎の屋根の上にこっそりとやってきていた。 朝焼けを見るために。 昔から何かあればここに来て、朝焼けをみて自分の隊に戻って行った。 ここ以外の隊舎の屋根、すべて行ってみたが、ここに勝る場所は無かった。 五番隊隊舎の屋根の上から見る朝日は格別だった。太陽が昇る様はとてもきれいで、ひよ里を勇気づけてくれるものだった。 それに、ここに居ると必ずここの隊の隊長が、所用で隊を開けていない限り絶対に来る。 それが、とてもひよ里は嬉しかった。
もちろん本人には一言も言ってないが。
もともとあまり深く眠りに就く事のない男なので、少しの事で目を覚ますのはよくあることだ。 何もないことが分れば、すぐに二度寝に入る。 だが今回はそれをせず、布団から起きた。 寝巻の上に隊長羽織だけを羽織り、自室から静かに出て、ある場所へ向かう。 屋根の上。 真子の目を覚まさせた気配の持ち主のもとへ。
気配に気づきひよ里は振り返る事もせずに、「邪魔しとるで」と片手を上げた挨拶をする。 それに返事をする事も無く、真子はひよ里の隣に黙って腰を下ろし、お互い、顔を見る事も、しゃべることもなく星空を見上げた。 静寂。 それがお互い心地よいと感じている。 サラサラと夜風が金髪の二人の髪を撫でていく。 靡いて揺れる真子のそれがとてもきれいで、横目で盗み見ながらひよ里は羨ましいと思った。 自分も似た様な金髪だし、ちゃんと手入れもして髪を伸ばしているが、髪の毛は太いし、硬いし、あんな風に柔らかく風になびく事が無い。 髪質の問題であるため致し方ないのだが、自分は女なのにと悔しく思うのだ。
「ふぁぁ」
「んあ?あぁー、昨日遅うまでお仕事しててん」 「任務か?」 「雑務」 「書類溜めとるからや」 「ほっといてんか。身体使わへんのは性に合わんのや」 もう一度、真子が欠伸をする。
「ええねん。今日、非番やし」 「奇遇やな。ウチもや」 「そうか」 そっけなく真子は返事を返すと、ごろりとひよ里の膝の上に頭を乗っける様にして、屋根の上に器用に寝転がった。 「ちょっ!おまっ!ハゲッ!何してん」 吃驚して引っくり返りそうになりながら、なんとか体勢を立て直し、思わず真子の髪の毛を掴んで引っ張ってやる。 「痛いのぉ。引っ張りなや、毛ぇ抜けてまうやろが」 迷惑そうな顔をしながら、髪の毛を離せとひよ里の手を軽くパシパシ叩く。 「しゃーかて、寝るんなら部屋に戻れいうてるやろが」 威勢よく言うものの、心臓が煩く騒いで、ひよ里の顔は赤くなる。 「それに、ウ…ウチの膝、硬いし…、枕……、代わりにも…なら……へんし……」 恥ずかしさで、言葉の語尾がしどろもどろと消える様に小さくなった。 その様子を真子は心の中で身悶えするほどに可愛いと思いながらも、それをおくびにも出さず、澄ました顔でひよ里の膝の感触を感じる。 女性らしい丸みを帯びた身体付きには程遠い、まだ成長途中のひよ里の身体。 白打の実力も優秀であるひよ里の脚は、無駄な脂肪があまり無いせいで、よけいに筋張っていて硬かった。 でも、真子にはそんなものは、どうでもよいことだった。 「構へん、構へん。ちょっと硬いくらいの枕のが俺好きやし」 彼女と一緒に居る、この時間が今は何よりも大切だった。 彼女の温もりを感じる事が出来て、柄にもなくドキドキとした。 「お…重い」 「我慢しぃ」 「なんでっ……」 ウチが…、そこまで言おうとして、ひよ里はやめた。 嫌ではないから。 寧ろ、そうやって身体を預けてくれるのが嬉しかった。 本当に心を許している相手にしか真子はこんな事をしないだろうというのはひよ里にもわかっている。 他の誰よりも、自分の事は多少は特別なのだろうと。 ほんの少しだけ、優越感に浸れるのだ。
「その言い方やめい」 からかうように問われ、思わず真子の頭にチョップした。 「調子は、ぼちぼちや。今さっきまでみんな徹夜で実験しててん」 「お前もか?」 「んー、ウチは実験自体には参加してへんけど、そのへんの雑用してん。で、ウチもこの間の夜から寝てへん」 「はぁ?アホか!お前こそ寝んとアカンやないか!!」 ガバっと起き上がろうとした真子の頭を手で思いきり押さえつけた。 「別に、ええねん。寝むないし」 ふん、とそっぽを向く。 「お前が一番局員に、寝ろ寝ろ、食え食え言うてねやろ?そのお前がそれでどないすんねん」 「せやかて、今まで失敗ばっかしてた実験が成功して、みんな喜んでんのみてたら、ウチまで、こう、気持ちが昂ぶってしもて……寝られへんくなって」 おかしいよなと、ぽつりとひよ里はこぼした。 喜助がやってきてからというもの、すっかり隊風が変わってしまい、それが居心地が悪いと感じていた。 曳舟隊長が居てた証がどんどんなくなって行くようで、とても嫌な気分で。 それを幾度となく真子にもらしていたのだ。 でも、最近はそうでもなくなってきた自分が少し歯がゆい気がしていた。 らしくないと。 周りが変わってしまったように、自分も、変わってしまうのかと。 流されているような自分が、ほんの少し怖かった。 だからだろう、技術開発局のことを真子が聞いたのは。
「お前は毎度毎度、難しいに考えすぎんねん。実験が成功してみんなが喜んでんの見て、お前も嬉しいと思った。ええことやないか」 きゅっとひよ里は口を真一文字に閉じる。 「それで、曳舟隊長との思い出が無いなってまうわけでもないやろ?」 コクンとひよ里は頷いた。 「ほんなら、何も不安に思う事無い。大丈夫や。お前のこれからは大丈夫や」 でも、何故だろう。少し淋しいとも思う。 これからも色鮮やかに広がって行くのだろうと思ったから。 「曳舟隊長かて、それを知ったら喜びはるわ」 いろいろと覚悟しなければいけないのだろうと。 「そう…やろか?」 「そうや」 真子はひよ里の方に顔を向け、そっと彼女の頭に手を伸ばした。 それから、目を細めて 「またひとつ、大人になったなァ、ひよ里」 真子は慈しむように頭を撫でた。
きゅううと、ひよ里は心臓を掴まれた気がした。 いつも昼間、取っ組み合いの喧嘩をしている時とまるで違う表情で、胸が締め付けられる。 もしかしたら、と、勘違いしてしまいそうになる。 「こ、子ども扱いしなやっ!」 居た堪れなくなって、真子の手を払いのける。 真っ赤になって怒ったような顔をしたひよ里をみて、真子は思わず噴き出した。 「何がおかしいんや!」 可愛いなと思って…、そう言おうとして真子はやめた。 きっともっと怒るだろうから。 好きだと言う想いが、抑えきれなくなるだろうから。 ひよ里の膝に頭を預けたまま、真子は上手に仰向けになる。 「大人の階段をまた一つ登ったひよ里に御褒美や。昼、旨いもん食いに連れてったろ」 「え?ほんま?」と一瞬、顔が輝くが、それもすぐしぼむ。 「昼は、白とリサと約束しててん」 「ほな、残念やな。また、今度や」 ひよ里と出かけるよい口実が出来たと思っていた真子も残念な気持ちになった。 二人の非番が重なる事もそうそうないだけに、残念に思う。 ……が、 「ほんでも!!」 ひよ里は思い切ったように言った。 「夜は!暇で…」 「夜?」 「真子がどうしてもうちに奢りたい言うんなら、夜なら……」 恥ずかしくて素直になりきれずに、つい上から目線で言ってしまい、すぐ自己嫌悪になる。 もっと可愛く言えたら、真子も可愛いやっちゃと思ってくれるのだろうかと、思うのだ。 そんな風に出来ない自分が恨めしい。 「……」 「ああ、いや、あの…ちゃうねん。あの…」 上手く言えずに、目はきょろきょろと泳ぎ、両手を意味も無く動かすひよ里をみて、ニヤニヤとしてしまう。 恥ずしくて上手く言えず、オタオタしているひよ里の事を真子は今、とても可愛いと思っていた。 抱きしめてやりたいような衝動を抑え、もう一度ひよ里の頭に掌を置く。 「わかった。夜、な」 「う…うん!」 驚いた顔をして、それからパッと顔が綻んだ。 コロコロ変わるひよ里の表情は、見てて飽きないと真子は思う。 何時までも、見ていたいと思う。
「牛鍋!松田屋の牛鍋!」 「なんや、もう決まってんのかいな」 「あかんのか!」 「あっこはごっつ高いねんで?わかってんか?」 「やって、一度食べてみたいおもて…」 「そーか。ほんなら、しっかり腹空かせとき」 「お、おう!」
ひよ里は気恥ずかしかったが、嬉しかった。 真子は、美味しそうに牛鍋を頬張るひよ里を想像し、今日の夜に思いを馳せた。 きっと、二人で鍋をつつきながら、喧嘩をまたしてしまうんだろうな。 でも、それが今は一番二人にとってしっくりくるんだ。 今は、まだ、このまま。
お題提供 ロメア 様 |