Be My
Valentine
PM11:30
「知ってるか?シンジ。バレンタインデーっちゅーのは、バレンタインッちゅー人の亡くなった日や」 部屋に入ってきて一番初めにひよ里が言った言葉はこれだった。 どこでそんな知識を仕入れてきたのかは知らないが、そのような知識をひけらかす前にまずは何かすることがあるのではないのかと平子真子は思う。 「せやからな、やれ本命チョコや、とか、義理チョコやとか、うちはどうかと思うねん」 ひとり頷き語っているひよ里は、何が言いたいのかさっぱり見当がつかないのでとりあえずそのまま見守ってみる。 「やっぱりお菓子メーカーに踊らせられてんとちゃうんかなと思うわけや。どう思う?シンジ」 どう思う?と訊かれても・・・、 「・・・知らんがな」 それ以外言いようがない。 ちっ、つまらへんとぼやかれたが、とりあえず放置。 なんだかんだとしゃべるひよ里を無視して、彼女の横に置かれた小さめのリボンの掛った箱に視線を移す。 (・・・・・・ふむ。) どう考えても、この時間にあの箱を持って来て、っていうことは、アレの中身はチョコレートの筈。 ひよ里からバレンタインデーチョコを貰うということに期待をしていた訳ではないのだが、目のつく所に置かれると嫌でも気になるわけで。 そう思うと、平子はそわそわと落ちつかなくなる。 何故かというと、羅武やハッチ、ローズ、拳西にもチョコレートをあげたらしいという情報をリサから入手していた。 しかも、どうやら喜助の所にまで行っていたらしい。 一応付け加えておくが別に躍起になってひよ里の動向を嗅ぎまわっていた訳ではない。 それで、だ。そこまでチョコレートを配っておきながら、よもやオレには無いとは言わないだろうと考えるのだが・・・。 別に気にしているわけではない。
―――なぁんて、めっちゃ気にしとるっちゅーねん!
オレにだけ実は用意していません。とかだと結構ダメージでかいかもしれへん。ひよ里だと容易にあり得そうで怖い。 とはいえ、彼女も妙に生真面目な所もあるのでそれは無い、はず・・・。と願いたい所だが、この話の流れだと、彼女の横のチョコレートは「うちが食べるものやから、ハゲにはやらん」という返しがやっぱり来そうで、そうなった場合の心のダメージ回避策と言うものも考えておく方がよいかもしれない。
おっとまずい。ついひよ里を余所に一人の世界に入ってしまった。 目の前の彼女は若干、否、かなり不機嫌そうだ。これはよくない傾向。 「うち、邪魔ならもう帰るわ」 「ちゃうねん!」 上の空の平子に苛立ち腰をあげはじめたひよ里の手を掴む。むっと眉を寄せられた。 「なんやこの手は」 「この手は、その、お前を引きとめる手?」 「訊くな」 「ちゃうやん、この言い方は半疑問文的なものでな、」 って、そうやなくって。 「なんかオレに渡すもんあるんとちゃうんけ?ひよ里」 「うん?あ、そうやった」 おお、忘れとったとポンと膝を叩くひよ里。いちいちオッサンくさいなと平子は思ったがそこは突っ込まないという賢明な選択を取った。 横に置かれていた礼の箱を掴みハイと差し出される。 「うちもたいがいお菓子メーカーに踊らされてもうたなって思うんやけど、まぁ、リサも白もみんなに義理チョコ送る言うて言うてたし、ホワイトデーは3倍返しらしいし、ええかと思うてな」 ホワイトデーは3倍返し・・・。 そうか。やっぱりそうか。何かしら見返りないとお前はせぇへんわな。平子は心で涙を呑んだ。 しかし、ひよ里からチョコは一応もらえるわけだし、ええやないか。無理やり納得していると、 「でも、ほんまに要るんか?」 ひよ里から何故か念を押された。 うん?どういう意味や? 「断るんやったら今やで?」 とても意味深な言葉に、受け取ろうと差し出した手を思わず引っ込めてしまった。 断る?何故?頭の中が『?』でいっぱいになる。 「え?貰えるんやったら、有難くいただくけどもやな。なんぞ問題でもあるんか?」 「大ありや。これ、なにかわかってんのか?」 「バレンタインのチョコレートとちゃうんけ」 今日という日にこんなものを用意しておいて、それ以外に何があんねん。 「うん、チョコレートやけどな。ただのチョコレートとちゃうで?」 神妙な面持ちで言うひよ里に、こちらも思わず眉を寄せる。 どういうこっちゃ?ハッ!もしかして、 「毒入りか?」 「毒は、入ってへん」 「毒は、って、毒以外の何か別のモンが入ってんのか?」 先ほどまでペラペラと滑らかに喋っていたはずのひよ里が急に口ごもる。 これは嫌な予感しかしない。 「なんやねん。ロシアンルーレット的なチョコとか言うなや!からしとかわさびとか入れてるとか言うんやったらオレ、泣くぞ!」 「どういう脅しやねん。ちゃうって、そないなもんは入れてへんって」 「せやったら、なんやねん」 えっと、その、と口をもごもご動かすひよ里。 どうして此処まで言いにくそうなのか、とその理由に探ろうと目の前の彼女をじろじろとみると、その視線に耐えかねたのか、プイとそっぽを向かれる。 いったいなんやねんと、もう一度尋ねようとしたら、ひよ里がものすっごく小さい声でポツリと言った。 「・・・惚れ薬」
・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・惚れ薬?
「お前、惚れ薬作れるんか。天才か、ひよ里!」 「そこか!お前の吃驚するポイントはそこか!!もっと別にあるやろが!」 そうやった!あんまりにも吃驚しすぎて論点、間違ってた。 ひよ里にスパーンとおでこをひっぱたかれつつ、喚くように言われて正気に戻る。 しかし、これにどう切り返すべきか、え――と、とりあえず、 「キャラやない事言うな、ひよ里」 「そうやんな、うちもそう思う。喜助のアホがァァァ!」 「そうか、喜助か、お前にそないな乱暴な冒険させたのは」 かわいそうにと耳まで赤くした彼女の、その小さくて丸い肩口にどさくさに紛れて手を軽く置いてみた。(嫌がられなかった) まったくオレのひよ里にいらん冒険させよって、大怪我しとるやないかッ!と心の中で喜助に毒づく。 それにしても、惚れ薬とは・・・。 うちに惚れろと言うてるもんやんけ。ちょっと悪い気はせぇへんやん? 勘違いして痛い目を見るのは御免である。心の防衛は準備万端だ。 「ちゅーことは、これは普通のチョコか。貰われへんかと思ってたからえかったわ」 このさい義理でもなんでもいい。彼女がくれるということにきっと意義があるはず。 有難く貰うでと、ひよ里の手の中にある箱に手を伸ばすと、
「は?」
「その、それなりに、気持ちは、籠ってて、やな」 なるほど、手作りか。 「そりゃ、みんなにも作ってんのやろ?気持ちぐらい入ってるんとちゃうんけ?」 「みんなには、作ってへん」 「――?ほな、これも既製品か?」 あれ?てっきり手作りかと思っていたけど違うんかいな。 「これだけは、喜助ンとこで作った」
―――うん。えっと、それは。オレの勘違いとかそういうのやなかったら・・・。
言葉に迷い、恐る恐るひよ里の顔を見た。 赤かった顔をさらに赤くして、まるでゆでたタコのように首や耳朶まで赤に染めて、照れているのがわかる。 「ここで作ると、バレるし、喜助の所で作って、そんで、えっと・・・もう察して、くれへんやろうか?」 「・・・だいたい、察した」 ひよ里の照れが平子にも伝染していく。 気まずい。非常に気まずい。 何かを言わねば、このどつき合いをしている方がましな空気を壊さねば、と平子は考えるがそれよりも、この手作りのチョコレートの意味合いの方が大きくて頭が回らない。 ひよ里が、チョコをくれて、しかも手作りで、それでもって、他のみんなよりも特別で。 それが、それが意味することは――――、一つしかないだろう。 苦節ウン十年。いや、一世紀程は待っていた。この時を、この瞬間を。
「ひよ里!大す――、」 感極まりひよ里に抱きつこうとした瞬間に目の前の彼女はその身を華麗に舞うようにして、ストっと一歩下がった位置に降り立つ。と同時に、スカッとかわされた平子はその場に崩れ落ちる。 (あ、あれ?なんでー?) こういう場合は、こう二人ハグしあって、愛の確認をするものと相場が決まってるんやけど・・・。 ・・・ああ、そうやった。相手はひよ里やった、そう上手くコトが運ぶ筈が無かった。 思い通りにならない。だからこそ彼女にハマってしまう。 「ほな、そういうことで、来月3倍返し、よろしゅう頼むで!」
3倍返しとか、ほんま歪みないな、あいつ。そんな事を思いながらも、緩む頬。にやける口元。 リボンが蝶々結びになっている所に小さめの二つ折りのカードが挟まっており、徐に開いてみる。そこには、
そう記されてあった。
カードを見て、はて?と平子は首を傾げた。
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