失敗作バレンタイン







AM5:00


窓の外はまだ真っ暗。

まだみんな寝ている筈なのに、この時間には珍しくキッチンに明かりがついていた。

珍しいついでに、滅多にキッチンに立つ事のない女の子が一人顔を汚しながら眉を寄せて唇を噛みしめていた。

(うっ。また、失敗しちゃった)

彼女の目線の先にあるのは、真黒に焦げて原形をとどめていないクッキーらしきものたちの残骸。それらは積み重なって小さな山になっていた。

萌黄色のショートボブの髪の毛をわしわしと掻きむしってその場にへたり込む。

いつも元気な彼女、久南白が口を尖らせてヘコンでいるのはそれなりに理由があった。

今日は、女の子のラブ・イベントの日。バレンタインデー。

拳西は甘いものが苦手だからあからさまにチョコレートは食べるのもきついだろうといつになく真面目に考えた白は、みんなが寝静まった午前1時ごろからひっそりとクッキー作りに一念発起していたのだ。


だ、け、ど。


いかんせん、基本食べることが専門の白ではどうにもクッキーが上手く作れない。

クッキーを作るにあたっては、ひよ里からクッキーミックスという便利商品があるからそれを使えば?とアドバイスを貰っていたのに、そんなの買わなくても大丈夫!と舐めてかかったのが運のつきで、こんなことならひよ里のアドバイスを素直に訊けばよかったと思ったけど、時すでに遅し。

そのまえに、この焦げ具合からいうと、焼き加減も些か問題があるようだが今の彼女はそれにも気がつかず落胆していた。

(今年こそは手作りで拳西やみんな驚かそうかなて思ってたのに・・・)

これじゃ、誰にも食べさせれない。朝10時になったらスーパーに行って既製品のチョコレートとか買ってこよう。ゴディバのチョコはもちろん白の・・・。雑念が混じりつつ、今回のクッキーはいつかリベンジするという方向で考えが固まり始めたころ、不意に背後から訊き馴れた声が聞こえた。


「・・・・・・なんだ、こりゃ」


白の背後で引き攣ったような声を出してキッチンの惨状に目を丸くしているのは拳西だった。
思わずぎょっとする。

「拳西!なんで起きてくんの?」

「なんでって言われてもなァ・・・。たまたまトイレに目が覚めたら、台所の電気がついてんだし気になって見にくんだろ。つーか、何やってんだよ」

呆れたように言われ、白は少々居心地が悪い。

「クッキー・・・つくろって思って」

「・・・・・・こんな時間に、クッキー食べたくなったのかよ」

そうじゃなくて。

これは、バレンタイン用に、拳西にあげたくて!そう言おうとして、口を噤む。

そう言えるほどの代物が出来ているわけじゃない。

きっと男の拳西が作った方が自分よりもずっと上手くクッキーを作るだろう。

そう思うと、白は自分の料理の出来無さ加減が急に恥ずかしくなってきた。

言い淀む白を尻目に、拳西は冷蔵庫をパカリと開けて中にある白い皿を取ると、それを無造作にテーブルの上に置いた。

何を出したのかと思ってそれを見ると皿の上には八等分にされた美味しそうなケーキが鎮座していた。

「食えば?」

「なに?これ」

「なんっつったっけ?チョコレートブラウニーだっけか?」

「チョコレートブラウニー?」

「フライパンで出来るから作ってみたんだよ。試作品だけどな」
ようはフライパンで出来る簡単な焼き菓子らしい。

はい、と拳西からフォークを渡された。

「全部、食べていいの?」

「全部食えんのかよ。すげぇな。お前の胃袋は」

「白の胃袋、四次元ポケットなんだよ。実は・・・」

「馬鹿言ってねぇで、食うんなら食え」

「んじゃ、いただきます」

口の中に、『チョコレートブラウニー』をいれると、

「おいしい」

口いっぱいにチョコの甘い味が広がり、感嘆のため息を漏らした。

予想以上に美味しくて、次から次へと口に運ぶ。

拳西ってば、料理をきわめてどこへ向かおうとしてるんだろう。なんて思って彼の方をみると、なんとおもむろに失敗作の山に手を伸ばそうとしていた。

「わっ!ダメだって拳西、それは!!!」

クッキーっぽいものと言って、クッキーのような形をした煤というか、発がん性物質でしかないというか!!

白は焦って止めようとしたが拳西は、ぽいっと口の中にその失敗作を放り込んだ。

ガリゴリと失敗作をかみ砕く音が聞こえる。

何度か咀嚼したのち水も使うことなくごくりと失敗作をすべて飲み込んだ。

(まぢで食べた!)

茫然と事の成り行きを見守る白に向かって


「まっずい」


顔を歪めて拳西は暴言を吐いた。

不味い・・・・。

どうやら本当に不味かったらしい。が、あえてそれを言う必要があるのだろうか!?しかも今!

当然これには大反発。

「ひっど、拳西!!白は言ったよ!ダメだって!っていうかみたらわかるじゃん。馬鹿じゃん拳西!ばーか!ばーか!」

改めて言われると、結構へこむ。

というか、明らかに失敗作で不味いのがわかってるのになんでわざわざ食べちゃうわけ!?
拳西の行動に理解できず、
ムスッとして睨むと、彼は白の頭の上にトンと拳を置いた。


「まぁ、なんだ。お前は不味いのしか作れねぇんだから、絶対にオレ以外の他の奴には作んなよ?」


――――。
こほんと咳払いをしながら何やら顔を赤らめて言う拳西。


「えっと。拳西、それはどういう意味なの?」

小首を傾げて赤い顔をした拳西を覗き込むと、

「見るな」

頭に置いてあった手を目元を塞ぐように当て直されて、拳西の表情が見えなくなった。

もしかして、照れてるの?そう訊くと、怒鳴るように煩いと返された。

なんだか口元が緩んで締りが無くなってしまう。


先ほどまでのヘコンで気持ちはどこへやら。

彼の作ったお菓子と彼の言葉ですっかり浮上。

気分は上々。


目元を隠した拳西の手に触れる。

温かくて、ごつごつした大きな手。男の人の手。

この手が作り出す美味しい料理にいつか白は勝ってやると心に決めた。


(まずは、彼が不味いと不平を洩らさない程度のクッキーを作ることから、始めてみますか)



うーんと背伸びをして、白はもう一度小麦粉に手を伸ばした。



<<終>>



結構前からこのふたりのバレンタインネタはこれと決めておりました(*^^*ゞ 
拳西は自分でも気づかぬうちに料理を極めていってくれる個人的に嬉しいです。
2012.01.29